閉花受粉性イネ突然変異体の解析とその利用

閉花受粉性イネ突然変異体の解析とその利用

レコードナンバー833960論文タイプ学術雑誌論文
ALIS書誌IDZZ00002091NACSIS書誌IDAA00653145
著者名吉田 均
書誌名Gamma field symposia
発行元Institute of Radiation Breeding, Ministry of Agriculture & Forestry
巻号,ページ49号, p.17-24(2012-05)ISSN04351096
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抄録日本で栽培されているイネの大部分は自殖性が高く,花(小花)が開くときにおしべが小花の外まで伸び出て花粉を飛散させるため,低頻度ではあるものの,自然交雑が起きる。花粉飛散による遺伝子組換えイネと一般イネとの自然交雑を抑制するための技術の一つとして,閉花受粉性(開花せずに受粉・稔実する性質)の利用が有効と考えられる。本稿では,筆者らが発見した閉花受粉性イネ突然変異体の特徴,原因遺伝子の作用機構,さらに今後の利用に向けた取り組みなどについて紹介する。イネの小花は,外穎と内穎,2つの鱗被,6本の雄蕊,1本の雌蕊,によって構成される。このうち,開花を引き起こす原動力となるのが「鱗被」である。鱗被は外穎の基部にある丸く小さな器官であるが,開花の直前から急激に膨らみ始め,外穎を外側に押し出すため,開花が起きる。開花時に花の外に抽出した葯は,穎が閉じた後にも外部に取り残される。一度閉じた穎は二度と開かないため,穎にはさまれた葯の有無によって,開花の有無を判断することができる。鱗被の形態だけを変化させることができれば,イネにおいても実用的な閉花受粉性を付与することが可能であると考えられたため,鱗被の形態形成に着目し,「台中65号」の突然変異体集団を用いて閉花受粉性突然変異体のスクリーニングを行った。まず,開花期に穎の外に葯が出ていないものを数系統選抜したところ,多くのものは不稔であったものの,花を開かずに正常に稔実するものを1系統見出し,「閉花受粉性」を意味する「cleistogamy」(略称:cls)と名付けた。出穂日,草丈,穂数,穂長,1穂粒数,稔実率,粒重,粒の形状や外観などの農業形質について,clsと原品種の農業特性には,顕著な差がなく,clsは実用的な閉花受粉性イネを開発するための有望な遺伝資源と考えられた。clsの花では,雄蕊や雌蕊には変化がないが,鱗被が平らで細長い穎状の器官に変化し,内部の維管束数も減少していた。こうした変化により鱗被が膨潤できず,開花しなくなったものと考えられる。閉花受粉性の原因は,SUPERWOMAN1(SPW1)遺伝子のアミノ酸置換変異であったため,この閉花受粉性イネをsuperwoman1-cleistogamy(spw1-cls)と呼ぶことにした。SPW1は鱗被と雄蕊の形作りに関わる遺伝子群の発現を制御するMADSボックス型転写因子をコードしており,spw1-1,spw1-2などの機能欠失型アリルでは,鱗被が穎状器官に変化するだけでなく,雄蕊も雌蕊へと変化し,完全不稔となる。同じ遺伝子の変異が原因であるにもかかわらず,なぜspw1-clsでは雄蕊が正常に形成され,正常に稔実するのだろうか?転写因子であるSPW1タンパク質は,DNA結合ドメインであるMADSドメインなどを介してヘテロ二量体を形成し,標的DNAに結合する。酵母ツーハイブリッドアッセイの結果などから,cls型SPW1タンパク質では,MADSドメイン内の保存性の高い第45位アミノ酸が疎水性から親水性に変異しているため,二量体形成能が低下し,転写因子としての機能が低下するものと考えられた。また,SPW1のパートナータンパク質をコードする2つの遺伝子のうち,OsMADS2は鱗被と雄蕊の両方の形成に関与するのに対し,OsMADS4は主に雄蕊形成に関与するため,これらパートナー遺伝子の発現パターンおよび,cls型SPW1タンパク質との相互作用能の違いなどによって,鱗被にだけ形態変化を生じるものと考えられた。spwl-CAS変異体は実用的な閉花受粉性遺伝資源として期待されるが,アミノ酸置換による弱い変異が原因であるため,穂の形成時期に冷涼となる地域では温度感受性を示し,野生型と同様に開花する可能性が考えられた。実際,日本国内の環境の異なる地域で栽培を行い,閉花受粉性の安定性を検討したところ,北海道や東北などではspw1-clsは一定の割合で開花することが明らかとなり,spw1-clsを安定的に利用するためには,開花を引き起こす詳細な条件などの知見を積み重ねていく必要があると考えられた。また,新規閉花受粉性突然変異体の探索や,人為的に閉花受粉性イネを作出する技術を開発していくことも重要であろう。鱗被形成機構に関わる知見は急速に蓄積してきており,閉花受粉性研究の加速が期待される。一方では,spw1-cls変異体をさまざまな実用品種と交配し,閉花受粉性準同質遺伝子系統の育成を進めている。こうした系統は,遺伝子組換えイネの母本としてだけでなく,紫黒米や赤米と言った有色素米品種,特定の成分含量を変化させた機能性品種,あるいは原種や原原種段階で種子の純度維持が強く求められる品種など,花粉飛散による交雑に対して注意が必要とされる場面への応用も考えられる。イネにおいて,閉花受粉性はこれまでになかった新しい形質である。今後,さらなる研究の進展により,多様な場面において閉花受粉性イネが利用されていくことを期待したい。
索引語鱗被;閉花受粉性;開花;花;変化;穎;閉花受粉性イネ;雄蕊;利用;小花
引用文献数17
登録日2013年10月08日
収録データベースJASI, AGROLib

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