信州の近代初期における馬の分布

信州の近代初期における馬の分布

レコードナンバー872129論文タイプ学術雑誌論文
ALIS書誌IDZZ20010647NACSIS書誌IDAA11845727
著者名井上 直人
関沼 幹夫
書誌名信州大学農学部AFC報告
別誌名Bulletin Shinshu University Alpine Field Center
信州大学農学部アルプス圏フィールド科学教育研究センター報告
発行元信州大学農学部附属アルプス圏フィールド科学教育研究センター
巻号,ページ12号, p.75-78(2014-03)ISSN13487892
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抄録明治初年の「長野縣町村誌」(1876)の統計資料から信州の馬の詳細な分布図を作成し,伊那谷で馬の飼養頭数が多い理由と特異な馬文化の発展との関わりを論じた。1875年に698の町村が存在し,村当たりの馬の頭数は伊那谷に集中しており,特に伊那では約1000頭にのぼった。当時の主要な街道は中山道であったが,伊那街道沿いの村落に馬が多く分布した理由は,伊那街道が,徳川幕府による公的な制約が小さく,安く,早く,直接輸送できる物流に便利なバイパスルートであったことによる。また,地形が険しい信州の山岳地帯では河川での運送は困難で,運搬業には馬の方が牛より扱いやすかったという生物学的理由もあると考えられた。馬による運送業は「中馬」と呼ばれて発展し,信州の商品経済の発展に大きく寄与した。信州では馬は主に林業と運搬業のために飼養されていたが,次第に農耕用に変化して戦後まで続いた。伊那谷では,多くの馬を飼養し,家族の一員のように扱い,馬肉を食し,さらには人々を守る観音菩薩とする独特の文化が発展した。
索引語馬;信州;発展;分布;飼養;近代初期;伊那;理由;町村;頭数
引用文献数6
登録日2014年08月01日
収録データベースJASI, AGROLib

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